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岡山地方裁判所 平成元年(行ウ)13号 判決

原告 全国睦市民の会会長 リースキン第一津山代表者こと 浅図政信

被告 国

右代表者法務大臣 梶山静六

被告 内閣総理大臣 海部俊樹

右被告両名指定代理人 大西嘉彦

〈ほか三名〉

被告国指定代理人 鮎川清

〈ほか一名〉

主文

一  被告内閣総理大臣に対する本件各訴えをいずれも却下する。

二  被告国に対する請求の趣旨第三項の訴えを却下する。

三  原告の被告国に対する請求の趣旨第一項及び第二項の各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して、一万一八〇八円を支払え。

2  被告らは、原告に対し、連帯して、二〇万円を支払え。

3  被告らは消費税法を廃止せよ。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告国

(一) 本案前の答弁

(1) 請求の趣旨第三項の訴えを却下する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

(二) 本案に対する答弁

(1) 原告の請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告内閣総理大臣

(一) 原告の訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  消費税法の違憲性

(一) 自由民主党は国民の大多数が反対する大型間接税は導入しないと選挙において公約し、国民の九〇パーセントが消費税の導入に反対していたにもかかわらず、国会議員及び被告内閣総理大臣は、消費税法を成立させ実施した。消費税法は、主権者である国民全体の意思に背くものであり、被告内閣総理大臣及び国会議員がこれを提案し可決したことは、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」と規定した憲法一五条二項に違反するものである。また、同時に、被告内閣総理大臣及び国会議員は、国民主権に反するような内容の立法がなされないようにすべきであるのに、これを怠ったことは、公務員の憲法尊重擁護義務を規定した憲法九九条に違反する。

(二) 原告は清掃用品リース業を営んでいるが、消費税法は、原告のような弱者いじめの不平等税制であり、職業選択の自由及び営業の自由を侵害し、憲法二二条一項に違反するものである。

すなわち、メーカーや問屋は消費税を小売業者に転嫁することができるが、原告のような零細な小売業者は、メーカーや問屋からは消費税分を取り立てられるにもかかわらず、消費者に対してこれを転嫁することはできない。したがって、消費税法は、職業選択の自由及び営業の自由を侵害するものであり、憲法二二条一項に違反する。

(三) 卸売は小売店に上乗せをして消費税分を取り立てることができるのに、小売店は消費者から徴収することができないか、著しく困難であることは、法の下の平等を侵害している。また、消費者は、消費税たる名目で全てに取り立てられるのに、一部これによって得をする者がいるのも、消費者と企業を差別し、企業に特権を与えるものであって、法の下の平等を保障する憲法一四条に違反する。

(四) 原告のような零細業者は、純利益の半分が消費税でとられることになる。

また、消費税法は、国民の日常生活の全般にわたって課税するものであり、国民の生活を脅かすものである。したがって、消費税法は、零細業者、さらには国民一般の生存権を侵害し、憲法二五条に違反するものである。

(五)(1) 消費税法は、五条一項において、事業者を納税義務者とし、他方、税制改革法一一条一項は、あくまで事業者が納税義務者であることを前提として、事業者に消費税の転嫁義務を課したものであるが、他の税法をみても、実質的な租税負担者と納税義務者が相違する場合に、納税義務者に実質的な租税負担者への転嫁を義務づけたものはない。そうだとすれば、消費税法及び税制改革法は、消費者が納税義務者であり、事業者は単なる徴税義務者であると考えているものと解される。

消費税法においては、納税義務者、徴収義務者及びそれらの権利義務関係が不明確であり、法定性を欠いているものといわなければならない。

(2) 消費税法においては、事業者が、納税義務者である消費者から実際にどれだけ消費税分としてこれを徴収しているか解らず、消費者に消費税を過剰に転嫁する危険性がある。また、事業者が、消費者から徴収した消費税分をどのように処理するかが不明確であり、その一部を国庫に納めず、事業者が取得する危険性がある。

さらに、消費税法九条の事業者免税点制度及び三七条の簡易課税制度は、事業者が消費者から消費税分を徴収しながら、これを国庫に納めず、事業者がその全部及び一部を取得することを認めたものである。

(3) 以上のとおり、消費税法は課税要件が不明確であり、また、国による恣意的な租税の賦課、徴収を定めている点において、憲法八四条の租税法律主義、憲法三〇条に違反し、同時に、税の過剰転嫁等によって国民の財産権を侵害している点において、憲法二九条に違反するものである。

2  被告らの不当利得返還義務

原告は、平成元年四月一日から同月二〇日までの間、西日本リネンサプライ株式会社、丸大食品株式会社、近畿食品工業株式会社及び日本電信電話株式会社等に対し、消費税相当額として合計一万一八〇八円を支払った。

前述のとおり、消費税法は違憲無効であるから、被告らは、原告が支払った消費税相当額一万一八〇八円を不当に利得したものである。

したがって、被告らは、原告に対し、右の金員を返還する義務がある。

3  被告らの損害賠償責任

国会議員及び被告内閣総理大臣は、消費税法が憲法に違反することを知りつつ、あるいは知ることができたにもかかわらず、消費税法を成立させた。

原告は、消費税法の施行によって精神的苦痛を受けたところ、これを慰謝するには、二〇万円の慰謝料が相当である。

したがって、被告らは、原告に対し、国家賠償法一条一項、民法七〇九条に基づき、慰藉料二〇万円の損害を賠償する義務がある。

4  消費税法廃止義務

被告らは、憲法九九条により憲法尊重擁護義務を課せられているところ、違憲無効な消費税法を廃止する処置をとる義務がある。

よって、原告は、被告らに対し、それぞれ請求の趣旨記載の請求を求める。

三  被告国の主張

(本案前の主張)

請求の趣旨第三項の請求は、原告が被告国に対し消費税法の廃止を求める、いわゆる義務づけ訴訟であるところ、三権分立の原則から、法律を改廃する権能は立法府である国会に属するものであり、裁判所が、直接、法律の改廃を命じうるものではないから、原告のかかる訴えは不適法であって却下を免れない。

(本案に対する主張)

1 原告が引用する憲法の条文は認め、その余の事実は知らない。

2 国会議員の立法行為と国家賠償責任について

国会議員の立法行為は、高度に専門的、政策的な判断の下に、政治的意見の対立、調整等複雑な過程を経て行われるものであるから、司法裁判所が国会としてあるべき法案審議過程における行動を措定して、当該立法行為がこれに違反しているか否かを審査すべきものではなく、当該立法行為の当否は、原則として国会議員各自の政治的判断、終局的には国民の政治的評価に委ねられるべき問題である。国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に反しているにもかかわらず国会があえて当該立法行為を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、違法の評価を受けないものといわなければならないところ、消費税法が、右の意味での「憲法の一義的な文言に違反している」ものではないことは明らかである。

3 租税法律主義と立法府の裁量的判断について

憲法八四条の規定する租税法律主義によれば、租税の種類及び課税の根拠等の基本的事項のみならず、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の課税要件並びに賦課徴収手続きはすべて法律によって定めることが要求されるが、これらを規定する租税実体法及び手続法の内容については、憲法上特に具体的な定めをおいていない。ある租税制度を創設し、あるいは改廃するには、経済政策ないし財政政策の一環として高度に政治的な判断が要求されるうえ、諸種の租税原則の調整、調和を計りつつ必要な税収を確保するための専門技術的判断を要することから、どのような制度を採用するかは立法府の裁量的判断に任されているものと考えられるのである。

消費税法についても、立法府の裁量的判断を尊重すべきところ、原告の主張するところは、いずれも右裁量的判断を論難するにすぎず、違憲あるいは違法の問題を生じる余地のないものというべきである。

二  被告内閣総理大臣の主張

(本案前の主張)

1 請求の趣旨第一項の被告内閣総理大臣に対する訴えは、消費税法が違憲無効な法律であることを前提とした、いわゆる公法上の不当利得返還請求であり、第二項の訴えは、かかる消費税法を立案成立させた内閣総理大臣の行為が違法であるとして、損害賠償の支払いを求める請求であるところ、被告内閣総理大臣は、国の行政機関であって、私法上の権利の主体たりうる資格(権利能力)を有しないから、民事訴訟において当事者能力を有せず、かかる訴訟における被告適格を有するものではない。したがって、請求の趣旨第一項及び第二項の被告内閣総理大臣に対する訴えは、被告適格のない者を被告とした不適法な訴えであるから却下されるべきである。

2 請求の趣旨第三項の被告内閣総理大臣に対する訴えは、被告内閣総理大臣に対し、消費税法の廃止を請求するものであるが、法律を改廃する権限は、国権の最高機関である国会に属するものであって、被告内閣総理大臣はかかる権限を有するものではないから、原告の右訴えは、被告適格を誤った不適法な訴えであり却下されるべきである。

また、そもそも三権分立の建前上、法律を改廃する権能は立法府である国会にのみ属するものであって、裁判所が、直接、法律の改廃を命じうるものではないことは明らかであり、現行法上法律の改廃を求める訴えは許されないものというべきである。

さらに、原告の主張するところは、消費税法は違憲無効なものであるから内閣総理大臣は同法を廃止するための法律案を国会に提出すべき義務があるというもののようである。しかしながら、法律案の提出権は内閣にのみ専属するものではなく、また、特定の法律案又は特定の法律を廃止する法律案の提出が内閣の政治上の責務に属すると認められる場合があるとしても、それは個々の国民に対する法律上の義務に当たるものではないうえ、そもそも法律案又は法律廃止案の提出そのものが法律制定又は廃止の過程における単なる発案にすぎないのであるから、内閣において特定の法律案又は法律廃止案を提出し又は提出しないことが、個々の国民の権利義務の形成、変動に直接影響を及ぼすものではないのである。そうだとすれば、内閣の特定の法律案又は法律廃止案の提出、不提出に対する不服は、国民の具体的な法律関係についての紛争といえないことは明らかであるから、原告の訴えは、裁判所法三条一項の「法律上の争訟」に該当しない不適法な訴えである。

したがって、訴状請求の趣旨第三項の被告内閣総理大臣に対する訴えは、いずれにせよ不適法であって却下されるべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  被告内閣総理大臣に対する不当利得返還請求及び損害賠償請求について

請求の趣旨第一項の被告内閣総理大臣に対する請求は、消費税法が違憲無効であることを前提とした不当利得返還請求であり、同第二項の請求は、被告内閣総理大臣が消費税法を成立させたことが違法であるとして、国家賠償法一条一項、民法七〇九条に基づく損害賠償請求であるところ、被告内閣総理大臣は国の行政機関であって、法律上独立した権利義務の帰属主体ではないから、このような各請求訴訟については、そもそも当事者能力がないものといわなければならない。よって、被告内閣総理大臣に対する請求の趣旨第一項及び第二項の請求は、当事者能力のない者を被告とする訴えであるから、不適法であって却下するのが相当である。

二  消費税法の廃止措置請求について

原告は、請求の趣旨第三項において、消費税法が基本的人権を侵害し憲法に違反するとして、被告国及び同内閣総理大臣に消費税法を廃止する措置をとることを求めているところ、右訴訟は、国会議員、国会及び内閣総理大臣に違憲な法律を廃止する法案の提出ないし立法を求めるいわゆる立法の義務づけ訴訟であると解せられる。

裁判所がその固有の権限に基づいて審判することができる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、法令の適用により終局的に解決することができるものに限られるところ、裁判所が違憲審査権を行使することができるのも、当事者間に具体的な権利義務の紛争がある場合に限られるのであって、具体的な事件を離れて抽象的に法律等の合憲性を判断する権限を裁判所は有するものではない。すなわち、ある法律が個人の具体的権利ないし利益を侵害するものであって、その具体的権利等の救済の要否を判断するのに必要という場合には、裁判所はその者の訴えに基づき当該法律の合憲性を審査することができるが、抽象的に国民一般の基本的人権が侵害あるいは制限されるおそれがあるにすぎないとか、または個人の具体的権利等の救済が前提となっていないような場合には、いまだ個人と国ないし内閣総理大臣との間に具体的な事件があるとはいえないものである。また、国会、国会議員及び内閣総理大臣は、立法に関しては、国民全体に関する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応する関係で何らかの法的義務を負うものではないことはいうまでもない。そうだとすれば、ある法律が憲法に違反しているとして、国及び内閣総理大臣に当該法律の廃止を求める訴訟は、そもそも法律上の争訟にあたらないとするのが相当である。

さらに、法律を制定改廃する権能は国の唯一の立法機関である国会が独占し、原則として、他の国家機関が立法に関与することは許されないものであるところ、裁判所が国会に特定の立法を義務づけることは、国会の立法権を侵害するものであって許されないものといわなければならない。立法の違憲状態の解消は、終局的には、国民の自由な言論及び選挙を通じて国会による法の改廃という形でなされるべき問題であって、裁判所は、具体的権利ないし利益の侵害を救済するという形で違憲審査権を行使することができるにすぎない。

したがって、消費税法が違憲であることを理由に、被告国及び同内閣総理大臣に対して消費税法の廃止を求める訴えは、不適法なものといわざるをえない。

三  被告国に対する不当利得返還請求及び損害賠償請求について

1  原告は、被告国に対し、消費税法が憲法に違反し無効であるとして、原告の支払った消費税額の不当利得返還請求するとともに、国会議員の立法行為が違法であるとして、慰藉料の損害賠償を請求している。

ところで、憲法八四条によれば、課税要件及び租税の賦課徴収手続は法律で明確に定めることが必要であるが、憲法自体は、その内容について特に定めることをせず、これを法律の定めるところに委ねている。租税法の制定及び改廃については、財政、経済、社会政策等の国政全般から総合的な政策判断及び課税要件等を定めるについての専門技術的な判断が必要であることから、立法府の政策的、技術的な判断に委ねられ、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重すべきである。

また、議会制民主主義のもとにおいては、国会議員の立法行為は、その内容に関しては議員各自の政治的判断に任され、その当否については国民の政治的評価に委ねるのが相当であって、その性質上法的規制になじまず、特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から、あるべき立法行為を措定して、具体的立法行為の適否を法的に評価するということは原則的には許されないものである。そうだとすれば、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁参照)。

2  消費税法の定める消費税は、特定の物品、サービスに課税する個別消費税とは異なり、消費に広く薄く負担を求めるという観点から、金融取引、資本取引などのほか、医療、福祉、教育の一部を除き、ほとんどすべての国内取引や外国貨物を課税対象として三パーセントの税率で課税される間接税である。

消費税は、事業者に負担を求めるものではなく、税金分は事業者の販売する物品やサービスの価格に上乗せされ、次々と転嫁され、最終的には消費者に負担を求める税である。また、生産、流通の各段階で二重、三重に税が課され累積することのないよう、売上げに係る消費税額から仕入れに係る消費税額を控除する仕組みを採っている。

3  まず、原告は、消費税法は国民全体の意思に背くものであるから、消費税法は憲法一五条二項、九九条に違反し無効であり、これを制定した国会議員の立法行為は違憲、違法であると主張するものと解されるところ、前述のとおり、このようなことは国民の自由な言論及び選挙を通じて解決されるべき国会議員の政治的責任の問題に属するものであって、ある法律が憲法に違反するか否か、国会議員の立法行為が国家賠償法上違法と評価されるか否かを判断するにあたっては、全く関係のないことがらであって主張自体失当である。

4  原告は、零細な小売業者は仕入れに係る消費税額を消費者に転嫁することが困難であり、このことは憲法二二条一項、一四条に違反すると主張する。

前述したように、消費税は、物品やサービスの消費に担税力を認めて課される租税であるが、最終消費の段階では租税の徴収を行うことが困難であるという徴税技術上の理由から、最終的な消費行為そのものを課税対象とするものではなく、その前段階の物品やサービスに対して課税が行われ、税負担が物品やサービスの価格に含められて最終的には消費者に転嫁されることが予定されている、いわゆる間接消費税である。

したがって、消費税は、消費税分が消費者に円滑かつ適正に転嫁されることが必要であるが、税制改革法一一条は、消費税の転嫁について事業者及び国の責務を明らかにする趣旨で、第一項において、「事業者は、消費に広く薄く負担を求めるという消費税の性格にかんがみ、消費税を円滑かつ適正に転嫁するものとする。その際、事業者は、必要と認めるときは、取引の相手方である他の事業者又は消費者にその取引に課せられる消費税の額が明らかとなる措置を講ずるものとする。」と規定し、また、第二項において、「国は、消費税の円滑かつ適正な転嫁に寄与するため、前項の規定を踏まえ、消費税の仕組み等の周知徹底を図る等必要な施策を講ずるものとする。」と規定している。

原告は、零細な小売業者は消費税を消費者に転嫁することが困難であると主張するが、このようなことは、消費税の運用にあたってその仕組等が周知徹底されることによりいずれは解消されるべき事実上の問題であるし、また、消費税法それ自体が零細な小売業者について特に区別しているために消費税の転嫁を困難ならしめているものではないことはもちろんのことである。

したがって、原告の消費税法が憲法二二条一項、一四条に違反するとの主張は理由がないことが明らかである。

5  原告は、消費税法においては、納税義務者、徴収義務者の概念が不明確であり、憲法八四条、三〇条に違反すると主張する。

消費税法五条によれば、消費税の納税義務者は、国内取引については、課税資産の譲渡等を行った事業者であり、輸入取引については、課税貨物を保税地域から引き取る者である。税制改革法一一条一項は、前述のとおり、消費税の実質的な負担者は消費者であって、消費税の消費者への円滑な転嫁の必要性を明らかにする趣旨で規定されているものにすぎず、これをもって、消費者が納税義務者であって、事業者は徴税義務者であるものと解することはできない。

したがって、消費税の納税義務者が不明確であるとの原告の主張は理由がないものである。

6  原告は、消費税法は事業者が消費者に消費税額を過剰に転嫁する危険性があり、憲法八四条、三〇条、二九条及び一四条に違反すると主張する。

事業者が納付すべき消費税額は、売上税額から仕入税額控除その他の控除を行うことによって算出される。すなわち、消費税法三〇条一項は、事業者が納付すべき消費税の税額を算出するにあたって、売上げに係る消費税額から仕入れに係る消費税額を控除することを認めている(仕入税額控除)。そして、三〇条七項において、仕入税額控除については、いわゆるインボイス(仕送り状)や請求書に税額が記載されていることを条件としてその控除を認める方式(インボイス方式、税額票方式)ではなく、課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等によるものとしている(帳簿方式)。

ところで、消費税法の定める仕入税額控除制度によれば、事業者が免税事業者あるいは消費者から仕入れた場合に、その仕入れの価格に消費税分が上乗せされていないにもかかわらず、その仕入金額は消費税込みの金額として計算するために一部に過剰な控除が生じることになる。そして、事業者がこのような過剰控除分の存在を考慮に入れないで一律に商品等の本来の価格に消費税相当分として三パーセントを上乗せした場合、事業者が国に消費税として納付する以上の額を消費者に過剰転嫁することになり、事業者が消費者から消費税分として上乗せした額と国に実際に消費税として納付した額との差額を税差益として取得することとなる。

このように、消費税法の帳簿方式による仕入税額控除制度は、事業者の対価の決定の運用によっては消費者への過剰転嫁が生じるおそれがあることは否定できないが、他方、事業者は仕入にあたり逐一相手方が免税事業者であるか否かを確認する要がないなど、インボイス方式に比べ事業者にとり事務手続きが簡略であり、また、事業者において適切に消費税の転嫁がなされることにより、ある程度は過剰転嫁が回避されることも期待できるから、消費税の導入にともなう事業者の事務負担の軽減という政策的目的を考慮に入れると不合理なものとはいえない。

そうだとすれば、消費者への過剰転嫁を理由として、消費税法が憲法八四条、三〇条、二九条ないし一四条に違反するものとはいえない。

7  原告は、消費税法の事業者免税点制度及び簡易課税制度は、事業者が消費者に転嫁した消費税額を国庫に納めないことを認めるものであり、憲法八四条、三〇条に違反すると主張する。

消費税法九条一項は、小規模事業者の納税の事務負担を軽減するため、基準期間における課税売上高が三〇〇〇万円以下の事業者に、国内取引に係る納税義務を免除している。また、三七条一項において、基準期間の課税売上高が五億円以下の事業者については、課税売上高だけから納付税額を計算できる簡易課税制度を選択できる旨定め、簡易課税制度を選択した場合には、仕入に係る消費税額を計算する必要はなく、仕入税額をその課税期間の売上税額の八〇パーセント相当額(卸売業の場合には九〇パーセント相当額)とみなして、納付すべき消費税額は課税売上高の〇・六パーセント(卸売業の場合には〇・三パーセント)としている。

免税事業者制度及び簡易課税制度は、事業者が消費者へ消費税分を転嫁するにあたり過剰に転嫁する可能性があることを否定することはできないが、中小零細事業者の納税事務の負担軽減という政策的目的に照して、必ずしも不合理な制度とはいえず、憲法八四条ないし三〇条に違反するものとはいえない。

8  原告は、消費税法は零細な小売業者及び消費者の生活を脅かすものであり、憲法二五条に違反すると主張する。

前述のとおり、消費税は、課税対象の範囲すなわち課税ベースが広く、食品等の生活必需品も課税の対象とされているため、低所得の消費者に高い割合で税負担が課せられ、税負担が逆進的になる可能性が高いことは否定できないところである。しかしながら、公平な税負担の配分あるいは所得の再配分は、租税制度全体及び社会保障制度の中で政策的に判断されるべき問題であって、消費税が低所得者に逆進的に作用するという事実のみをもって、ただちに消費税法が不合理であって、憲法二五条に違反するものとはいえない。

9  以上に述べたとおり、消費税法は国会の有する裁量的判断を逸脱した不合理なものとはいえず、原告の主張する憲法の各条に違反するものではなく、したがって、また、国会議員の立法行為が違法なものとはいえないことは明らかであり、原告の被告国に対する不当利得返還請求及び損害賠償請求はいずれも理由がないものである。

四  よって、被告内閣総理大臣に対する本件各訴え及び被告国に対する消費税法の廃止を求める本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、被告国に対する不当利得返還請求及び損害賠償請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 梶本俊明 裁判官 岩谷憲一 芦髙源)

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